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大人の笑顔のために・・・・・

スコットランドの気候が似ている北海道 余市の土地で ウィスキーを造ったなら美味しいウィスキーが出来るはずだ!

ニッカウィスキー創設者竹鶴政孝(たけつる まさたか)は言いました。 

余市の気候が非常にスコットランドと似ている。
夏は涼しく 冬には雪が降る
そして、朝晩の気温の差がウィスキーを美味しくさせる。

こうして、余市に蒸留所が作られます。

ちなみに、竹鶴政孝は広島県出身です。

なんで、お酒に弱いまだお酒が飲めないクマ太郎が知っているかって?


それは、北海道余市町にニッカウィスキー余市蒸留所に行って来たからです^^

あそこは、なんと!入場料タダ

お金がないクマ太郎にとっては嬉しい所!



いまだに使っている場所でもあります^^

その歴史は古く戦前までさかのぼります。
竹下政孝はスコットランドの気候が北海道余市町が一番似ているために
蒸留所の建設を決めます。
ウィスキーが出来るには長い年月がかかる為、一番最初に販売していたのは
なんと、余市の特産のリンゴを使ったリンゴジュースでした。
でも、高級品だったためにあまり売れませんでした。・・・
いつの時代も高いと売れないですね・・・
ちなみに、ニッカのリンゴジュースが日本で一番最初に販売されたと記録があります。
現在はウィスキーのみ販売となりリンゴジュースは販売はしておりません。

竹鶴さんが最初に働いていたのはなんとサントリーでしたw
ウィスキー作りがしたくて退社し単身スコットランドに留学をしました
ここで、妻になるジェシー・ロバータ・カウン(通称リタ)と出会い
2人は親密な関係になります。1920年1月8日に結婚をしますがリタの方の家族が猛反対しますが
2人はもう戻れぬ関係に・・・・
反対を押し切って結婚をします。

時は戦争へと進みます。国民だった竹下も赤紙が来て収集されますが
履歴書を見た検査官は「アルコールの技術は爆薬に使える」との理由で
竹下の採用は見送りました。

統制が進み、イギリス産のウィスキーが手に入らなくなると
ニッカのウィスキーが見事に売れって行きます。
国内最大の消費者が帝国海軍だった為に
優先的に物資が当てられて事業の継続することができます。

1954年(昭和29年)に全株式をアサヒに売却し完全子会社になります。
当時のニッカウィスキーは高価であまり売れませんでした;Д;
ですが、洋酒ブームが来ました!
トリスウィスキーや他社もウィスキーを発売します。
なんと、ウィスキー戦争が勃発し日
本のウィスキー消費量がグンッとアップします。

勝負はニッカウィスキーに白旗が揚がり
ニッカウィスキーの知名度が上がり
飛ぶように売れていきます。

以下省略

そして現在に至ります。

それでは、余市蒸留所に潜入!



昔は現役で使っていた樽

次にあるのが・・・・・・・・



はまなす?

急行・・・・はまなす???

あ、急行はなますだ!

うん、関係ないので
はい、次!



現在も石炭で頑張ってます!



これに使っていた物ですが・・・
あれ、名前なんだっけ?
気にしないで行こう!



この樽の中にはたくさんのウィスキーが入っています^^
売ればウン万円ですね¥・Д・¥

ちょっとあるけばおしゃれな原酒が飲めます。
ただし、お金が必要です・・・・



うーんやっぱ正規品は高い;;

ニッカが作った、ウィスキーの入れ物

2頭のヒグマがシャケを巡って喧嘩をしています。

うーん、やっぱ北海道は木彫りのクマなんですねw


クマが見つめる先には・・・・・・


お蕎麦屋 いろは です。

店内は
おしゃれです。




うーん、やっぱりおしゃれな人はおしゃれなお店が似合う!!
でも、よくよく考えたら、クマさんはなんと蕎麦嫌いでした;Д;

でも、ここのお蕎麦は美味しい^^
メニューも豊富です^Д^




選んだのはかきあげ蕎麦牛丼

10代はいっぱい食べる!



そば嫌いのクマ太郎もあっと言う間に・・・完食


南小樽駅の近くにありますので
近くによったら行ってみてください!
後悔はしないと思います^^

話を戻して、

竹鶴とリタが住んでいた住居も復元されています。



ブレブレな机w



なんで、北海道と言ったら熊なんですかねw



見つめる先には・・・・



やっぱり鮭w

そんなこんで
見学コースが見終わった頃にはウィスキーの匂いで千鳥足・・・・

ばいばーい¥・Д・¥
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世界中の子供達の笑顔の為に・・・・・

「話し掛けて、頬を寄せて、抱きしめて・・・うれしい時も寂しい時も、ぬいぐるみは子供のハートの一番近くにあるおもちゃ。だからこそ、最良のものを与えてあげたい。」

                              ~アポロニア・マルガレーテ・シュタイフ~

アポロニア・マルガレート・シュタイフて誰??

長くて噛みそうな名前だけど・・・
この人はなにしたの??
と思う多いはずです。
この人は
テディベア生みの親です。

南ドイツの小さいな街に生まれます。
小児麻痺で一生車椅子で過ごします。

大人になり小さなフェルトのお店を
周りの人の協力でオープンします。

姪にゾウのぬいぐるみをプレゼントします。
これが世界初の動物のぬいぐるみと言われています。

このぬいぐるみが人気がでます。

甥のリチャードが動物園でスケッチしたクマをお手本に
クマのぬいぐるみを製作します。

え???

クマのぬいぐるみ???

もいかして・・・・・

これは・・・・・・・・

シュタイフ社製???



いいえ、メイドインジャパンです。

どっかのお店で売っていたのを買いました^^

話を戻して

翌年に完成して販売をしますが
高価で誰も買いませんでしたが
アメリカ人のバイヤーの目に止まり
3000体の注文をしました。

「これからの時代、子供たちが一緒にいたいと思うのは、こんな強くて優しいぬいぐるみだと思いますよ!」
このベアがアメリカに渡り
ルーズベルト大統領晩餐会のテーブルディスプレイに使われ
テオドア・ルーズベルト大統領のニックネーム「テオドア=テディ」にちなんで「テディベア」と呼ばれ大ブームを起こしたのです。

今までは「クマのぬいぐるみ」と呼ばれていたそうです。

当然、人気が出ると粗悪なコピー品が出ます。
いわゆるパクリ品です。
今で言う中国の新幹線です。
日本の技術を応用して作ったのに
中国が作ったと一点張りです。
実は中国の新幹線は保安設備
が粗悪なので開業日から
運転中止になっているらしいです。

そこで、シュタイフ社は「ボタン・イン・イヤー」
を採用しコピー品との差別化をしました。

なんで、こんなことを知っているかって?
それは・・・・・・・・・・・

開業した新千歳空港ターミナルビルに行きました^^
あそこは一日にいても飽きませんよ。

シュタイフネイチャーセンターにはたくさんのぬいぐるみがあります。

まずはクマさんが迎えてくれます。



続いて鹿さんも



またまたクマさん



どこかを見つめているw

見つめている先は・・・・・・



「がんばろう東北・かんばろう日本」の横断幕があります。



白クマさんとペンギンさんです。
しっかりエボルタの宣伝をしてます。

中に入ると夢の中にいるみたい
ここは夢の国ですか????

いいえ、新千歳空港ターミナルビルの中です

いろんな動物たちが
ぬいぐるみになっています。



この白熊が向いてる先には・・・・・



うしのつのアイスがあります。
面白い事にパンの上にバニラアイスが乗ってます^^

次に



ライオンさんです。

とにかく動物のぬいぐるみがたくさんあります。

あ、ライオンさんがどっかを向いているぞ!
視線をライオンに合わせると
なんと!!



JRタワーと721系快速エアポートです。

新千歳空港にお越しの際は
快適な空港快速エアポートで・・・・

絶滅危惧種のコーナーもあります。

給料も一種の絶滅危惧種だと思うのは自分だけ??
いや!まだいるはずだぁ!!!

そんなことは置いといて
空を飛ぶイルカさんです。



地上を歩くペンギンさんです。

その下を見ると・・・・・・

子供たちです。
ぬいぐるみでも心を癒されます。

こんな動物たちが
絶滅を心配されると
心が痛みます。


自分たちが出来ることをコツコツと!

最後にこんな動物が見送ってくれます。


この動物はなんだっけ?
思い出せません・・・・
この動物が向いている先には・・・

快速エアポート札幌行きです。

お帰りの際も安心・快適なJRで!!

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苗穂工場公開日

今日はJR北海道の苗穂工場の公開日♪

と、その前にずっとニセコに居たのでニセコで撮った写真をアップ

キハ40その4

散歩をしていたら丁度良い所を発見!!

続いて、ニセコの定番ポイントから

キハ40その5

何回見ても良いですねww

話を戻して苗穂工場へ

行く段階で踏み切り事故&ポイント不転換の影響で苫小牧行き普通列車が約12分遅れで出発!!

まず、正門を入ったらキハ160系ハイブリット気動車が!!

キハ160

何ヶ月ぶりの再会なのか

真っ直ぐ歩いていくとJR貨物のDF200-901編成が!!

初めて見る!!

感動

df200

赤い熊さんは良いですね。

まぁ、個人的にはDD51にも頑張ってほしいです。


続いてED79形50番台

これは青函トンネル開通ともに誕生しました

基本番台は0番台で青函用ATSを両側に装備してます。

この、50番台だけが本務機用で重連で運用されているそうです。

製作当時は快速海峡の運用に当っていたらしいです。

ed79

次にあったのはコキのコンテナ車

JR貨物も頑張って宣伝をしていました。

コキ

次に台車修繕庫

吊り上げ

キハ283系の振り子台車を実際に振り子を動かしてました。

こんなに揺れるですね。

台車を動かしていたのは!!

なんと!!

ミニ283系で動かしてました。笑

試験車両

次は苗穂工場の目玉の車両移動!!

今回は721系でした。

ちなみに前回はキハ183系の200番台でした。

まず、全員で安全確認

クレーン良し

台車良し

的に安全確認した後に実際にクレーンを動かします。

とりあえず、こんな感じに吊り上げます。

台車吊り上げ

今日のクレーンの操縦者は2人とも体重は100キロ以上で制服は特注だそうです。

無事に721系は無事に台車に入りました。

後、C62-3号機も引率運転で運行してました。

やはり、晩年は山線で急行「ニセコ」を引率していただけはあります。

今、北海道にあるC62は本州で廃車寸前のを当時の国鉄苗穂工場で寒冷地装備と車軸軽減改造を受けて急行「ニセコ」として運転してました。

c62

転属当時は煙突の所にスワローのマークが入っていたらしいです。

客車は14系客車でした。

まぁこんな感じに楽しんだ一日でした。

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プロフィール

クマ太郎カレチ

Author:クマ太郎カレチ
ご乗車ありがとうございます。

札幌駅で見た
24系客車の編成美を見て
鉄道の世界に入りました。

北海道が作りだす
景色にあこがれて
自由気ままに道内を
走ってます。

画像の無断転用、コピーなどの行為は
絶対おやめ下さい。

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